こころの癒しブログ
ヒプノセラピストをやっているバツイチ母さんの日常。前世や霊、子育てや猫、なんでも書いてます。
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プロフィール
HN:
橋村 秀実
年齢:
56
HP:
心の癒し
性別:
女性
誕生日:
1969/07/25
職業:
ヒプノセラピスト
趣味:
猫を愛でる、アニメ鑑賞
自己紹介:
バツイチ母さんです。子供は三人。ネコは三匹。最近、彼氏のアパートで同棲中。
長男→かずま(21才)二年前 小説家を志し、東京に行く。ただ今、絶賛行方不明中!
長女→あやか(19才)今年一月末まで、チャネラーとして母を補佐。今はただの普通の女の子に戻りました!只今、自宅にて 一人暮らし。就職して、営業しています!
次男→すぐる(17才)只今 生意気盛りな高校ニ年生。昼はバイト、夜は夜間定時の高校と、頑張り中!三月より、父親と同居中。
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2007
05,27
22:10
着物
CATEGORY[子供]
今日は以前お世話になった呉服屋さんで、あやかの浴衣を買いに、母とあやかを伴って行く。
あやかがまだ小さい頃、浴衣を着せようとしたら、嫌がって大泣きされた事がある。
その頃の事を話したら、「覚えてないよ。」と言うけどね。
当時、浴衣を持ってあやかを追い掛け回したら「虐待だ!」と言われちゃったよ。
私は着物や浴衣は結構好きなので、今年は浴衣を着たいなあと思っていたのだ。
でも一人で着るのは寂しい。なので
「浴衣買ってあげるから、一緒に着ようよ。」
と言ってみたら、意外にも「いいよ!」って言ってくれたので、よかった!
やっぱ、あやかも女だなあ~って思う。
あやかが浴衣の試着をしていると、当たり前だが年齢を聞かれ、「振袖は?」という流れで振袖の試着に変わった。
どっちにしろ、振袖もいずれ買ってあげたかったので、(ってゆうか、母もきっと半分は出すだろうし)
「じゃあ、今日決めちゃえ!」
って感じでついでに契約しちゃった。
私もセールスをやっている時、年に一回の着物の展示会などやっているので、今日のような流れもどこか分かっていて、行ってる事だ。
年頃の娘がいれば、そりゃあ勧められるに決まってる。
私はあの親切な販売員さんが気に入ったから、その気になっただけなのだ。
私は自分自身のセールス経験や今までの体験から、すぐ人の本質が見えてしまう。
この店の中で、店長が一番ダメだったな。みんなからも嫌われているのだろうか?
店長が来ると、途端に空気が冷めてしまう。
しかも販売が終わってるのに、まだ欲張って喪服の売込みまでし始めた。
でも店長の販売の動機が一番不純だ。
他の販売員さん達からは「着物が好きなんだなあ」という気持ちが伝わるし、「心から思ってるから言ってるんだなあ」っていうのが分かる。
だからこちらの気持ちが動くのだ。
でも店長の販売の動機は、店の売り上げもあるだろうが、それ以上に
「オレの凄さを見せ付けてやる!」
という気持ちが見え見えなのだ。
それは私に対してもあるが、ほかの社員達へのアピールしているように思う。
だから店長が説明したり話し始めると、途端に胸糞悪くなる。
私もきっぱり、「ごめんなさい!興味ないの!」と言って断ったけどね。
しかも喪服は私のじゃなくて、あやかのだ。悪いが私に死ぬ予定は、まだない。
わたしはお金が余ってるから振袖を買った訳じゃない。
勿論、そんな現金も持ち歩いてる訳じゃないから、クレジットを組んだしね。
ただ「成人式」と「振袖」には、私の夢が詰まっているのだ。
私が成人式を迎えた頃・・・
結婚2年目を迎え、かずまは1歳3ヶ月、あやかを産んで3日目だった。
親戚中から忘れ去られており、誰一人として私を祝ってくれる人はなかった。
それよりも出産の事で私自身、忘れていたのだ。
なにせ、あやかは切迫流産2回の挙句に切迫早産で予定日より早く生まれてきたからだ。
とにかく、無事に生まれた事と、自分の身が軽くなった事で大喜びをしていた。
あやかはとても小さくて2256グラムで生まれたが、物凄く元気で保育器にも入らずに済んだ。
その所為か、お産はとても楽で、自然分娩にも関わらず、無痛で1時間の出産だった。
しかも私は切開もしてないので、元気元気!
で、主治医に「せんせ~、成人式に出た~い!」と駄々をこね、
「馬鹿も休み休み言え!」と怒られていたのだ。
私も若かったなあ~って思うよ。ははは。
ただ自分が成人式に出れなかった事は寂しかったが、それ以上に寂しかったのは、自分の成人式を忘れてしまうくらい、「自分を振り返る暇が無かった」事だ。
いかに自分を粗末にしていたか。情けないと思ったのだ。
でもあやかは「面倒だから」という理由で「絶対、成人式は出ないよ。」と言うのだ。
「出なよ。きっと良い思い出になるよ。」
そう説得しても「ええ~?」と言うばかり。
でも、こうして着物を当ててもらうと、やっぱりあやかも女の子。
「せっかく買ってくれるんなら、行こうかな。」
だって。
あやかがそういう場に行きたがらない理由も分かってる。
みんなにいろいろ詮索されたくないからだ。
挙句にみんな勝手な事を言うしね。
でもまだ3年後の話さ。
さあてお正月には早速振袖を着せようかな。
やっぱ女の子がいると、こういう楽しみがあっていいよね。
娘がいて「よかった~!」って思うよ。これも私の自己満足なんだけどさ。
仕立てが出来上がるのが楽しみなのである。
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コメント[3]
TB[]
2007
05,25
20:51
被害者
CATEGORY[親]
今日は母と買い物に。
その道すがら、運転している私の横で世間話をしている母。
毎度の事だが、相変わらずどうでもいい内容。
その内、年金の事が話題になった。
「年金の手続きを忘れた人がいて、年金を貰えなかった人がいるんだって。」
「へえ~・・・」
「私にも10年位前、厚生年金と国民年金の通知が来て、・・・確か手続きをしたような気がするんだけど・・・」
「あら、そう」
「でもちゃんとはっきりと覚えてないんだよねえ・・・。・・・手続きしてなかったら、どうしよう?」
「でも、したんでしょ?」
「確かねえ・・・。でも、手続きしてなかったら、貰えないよねえ。・・・貰えなかったら、どうしよう?」
私は内心「ホラ来た!いつもの被害者病が!」と思っていた。
更に母の心配は加速度をつける。
「きっと貰えんかったら、あたしゃ医者にも掛かれない。そうしたら死ぬしかないんだ!ああ・・・どうしよう!あたしゃあ、年金だけが楽しみなのに・・・。手続きを忘れたばっかりに、惨めな老後を送るんだ!」
もう、内心、私は呆れるやら、爆笑してるやら・・・。
でもイジけられると面倒だから黙ってるけどさ。
しかし、よくまあ、そこまで自分のネガティヴなイメージを膨らめて、それで可哀相になれるなあ・・・。
母の考えの中では、自分は手続きを忘れて、年金も貰えず、役所から見捨てられてる・・・或いは嘲笑われているに違いない、と思い込み、そして
「何て自分は可哀相なんだ!」「こんなに可哀相なのは世界中で自分しかないんだ!」
とでも思っているのだろう。
それが容易に想像出来るので、可笑しくて可笑しくて・・・!
「馬鹿じゃないのか!」と思う。
私は笑いを噛み殺して
「でもさあ、手続きをした記憶もあるんでしょ?そんな風に決め付けないで、悲嘆に暮れるのは役所に問い合わせてから、にしたら?」
そういうと、やっと我に返るのか
「そうだねえ、聞いてみようかねえ」
と言う。まずは確認してから「モノを言えよ!」ていう感じ。
どうして母は、ものの考え方がこうも極端なのか?
この母の不安を煽るような考え方は、私が小さな頃は恐怖でしかなかった。
母には「スキル」がなく、だからこそ「白」か「黒」という考え方になるのだろう。
「年金が貰えて、幸せ」か「貰えなかったら、死ぬしかない」か。
そこには「相談する」とか「確認する」という考えは、スッポリ抜けているのだ。
短絡的というかアホというか・・・。
そもそも、母は「解決しよう」という発想がないのだ。
だって本当に母がやりたいのは「被害者」だから、うんと可哀相な被害者になって、みんなから
「可哀相に!」「あんたばっかり、どうしてそんな目に?」
などと、賞賛を浴びたいからなのである。
だから母は怪我が絶えないし、「ここぞ!」という時に失敗もする。
こうしてある意味、注目を浴び、「自己顕示欲」を満足させるのだ。
そこに「良い」「悪い」はない。
母はその「被害者意識」から、父親の酒乱、旦那のギャンブル、子供の登校拒否、ありとあらゆるものを引き寄せた。
でも「登校拒否」くらいで済んで、よかったけどね。
お客様の中に、こういう母のような主婦をちょくちょく見る。
中には自分の「自己顕示欲」を満たす為に「子供の死」を用意している方もいる。
恐ろしい事だ。そういう方には、働いて自分の「認められたい」という欲求を満たすように、伝えているが。
しかし母のこうした無用な不安を煽る考え方は、私自身にも多大な影響を与えた。
まず気が小さくなった、それから将来に希望が見出せなかった、そして誰も当てにしなくなった事だ。
母はただオロオロしているだけで、役に立たないので、母なぞ当てにならなかったのだ。
それ故、自分で考えねばならず、その不安を解消する為にも読書に没頭したと思う。
そしていろんな不安や恐怖心から、様々な可能性や危険も考慮に入れるようになり、少なくとも「人生を舐める」事はしなくなった。
それだけでも有り難い事だと思う。
母のお陰で、自分で考え、行動する事が身に付いた。
そういう意味では母ほど、良い母親はないのである。
「良い母親」とは、立派で完璧な事ではない。決して。
だから私も力まず「母親業」が出来るのだと思う。
時には抜けている事も大事なのである。
コメント[4]
TB[]
2007
05,24
21:17
電話
CATEGORY[子供]
かずまから電話があった。
「契約が取れないよ。どうしよう・・・。」
私は笑って聞いてる。
「そういう時って、あるよね。一回取れないモードに入っちゃうとさ、なかなか抜けれないしね。」
「そうなんだよ!どうしよう。」
ああ・・・自分の子供と仕事の話をするようになったか・・・。
感慨深い物がある。
かずまの仕事場では電話での営業の為、いくつかの班に分かれ、班毎に成績を競っているようだ。
隣の班では一日7件上げているというのに、かずまのいる班では全然・・・らしい。
なのに朝礼で
「今日取れなかったらどうなるか、分かってるんだろうな!」
って脅しを掛けられ、益々皆萎縮し
「余計、取れないよ!」
と言うかずま。
普通の営業だったら外へ一人で回るから、ある意味、気分転換出来るし、自分のペースで出来るよね。
でも室内でずっとみんなで居る・・・というのは逃げ場がないから、辛い。
「だからこそ、いかに自分自身を保つのか、試されるね。人に振り回されず、何を言われても、自分自身でモチベーションを上げていく強さがなかったら、この先何かがある度に、振り回される事になるもの。あんた、良い職場を選んだね。」
そう言うと、かずまは笑って言う。
「そうかも!振り回されないって難しいね。でもまだ辞めたくない!絶対頑張るよ!」
そう言って明るい声で、電話を切った。
こうして一週間に一回の割合で電話が来る。
かずまなりにいろいろと葛藤があるのだろう。
でも最初から楽な場所ばかり選んでいたら、人生の後半は尻すぼみだ。
若く気力が充実しているうちに、何でもやっておかないと!
あっという間に年を取ってしまう。
かずまも自分を見失いかけると、私に電話をする。
私に勘当され、散々叱られ、殴られてきたのに、それでも自分にとって本当に必要な言葉をくれるのは、私しか居ないと思っているのだろう。
それに離れていても、かずまが何を感じ、思っているか、大体分かる。
だから住んでる所は離れていても、ちっとも距離を感じない。
私自身が自分の明日の事で頭が一杯になってるし、今まで精一杯やってきた、という満足感からか、「寂しい」という気持ちはない。
むしろ「そういえば、昔、子供を産んだな・・・」くらいの勢いだ。
それにしても。
「オレ、みんなにモテているよ!」
と言うかずま。
「だってみんなオレの顔を見ると、お菓子くれる!」
「・・・あのさ、それはモテてるんじゃなくて、餌付けされてるんじゃあ・・・。」
職場で可愛がって貰ってるみたいだから、いいんだけどさ。
2,3匹猫を被っているそうだ。一体どんなキャラでやってるんだか。
とにかく、仕事は楽しくやって欲しい。辛ければ辛いほど・・・だ。
そこから見えてくるものがある。
今後のかずまの成長が楽しみだ。
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TB[]
2007
05,23
23:40
5歳
CATEGORY[過去]
今日は何を書こうかなあ・・・。
この前の続き、5歳の頃でも書こうかな。
5歳の頃、私は明るく楽しい、といった思い出は一切無い。
妹と庭先で、ままごとをよくしていたのを思い出すが、これが唯一の慰められる記憶か。
その頃の我が家では、まだまだ祖父の酒乱は続いていた。
幼稚園から帰り、家に上がろうとして靴を脱ごうとしたら
「脱いではいけない!」
と言う母親の声が。よく見ると、玄関の上がり口には、割れたガラスが一面に散乱していた。
母はまだ幼稚園に行ってないすぐ下の妹を抱いて、離れにある物置小屋から私に声を掛けたのだ。
「靴を履いてこっちに来なさい。」
と言う。まだ家の奥からおじいさんが暴れている物音がした。
しばらく収まるまで、母達とそこで隠れていたものだ。
こういう事がしょっちゅうあった。
それ以来、家に上がる時、靴を脱ぐ前に「そこは安全か、どうか」確かめる癖がついた。
ある日、その頃珍しかった「ボンカレー」が、食卓に上った。
私はこれを食べるのが物凄く楽しみだったのだ。
その頃はまだ、丸いちゃぶ台で御飯を食べていたが、私がいざ食べようとした時、祖父が酔った勢いでやって来て、ちゃぶ台を足でひっくり返したのだ。
もう、ほとんど「巨人の星」状態・・・。
私達はビックリして、火が点いた様に大泣きをしたのだ。
その時漠然と思ったものだ。
「私がこうして楽しみにしている物を食べるのは、とんでもない贅沢なんだ。」
こうして私は、あらゆる物を「止める」事ばかり、引き寄せた。
それで「私にはどうせ無理」とか「私は手に入らない」という事を、刷り込んでいった。
これによって、私は「あきらめる」事を身に付けた。
だからこそ、それを払拭したくて私はあらゆる努力を重ねたと思う。
そして、このような「不可抗力」もあるのだと知り、それに備える為にも「忍耐」したと思う。
このような出来事が無ければ、私にはもっと「忍耐」が足らなかっただろうね。
ちなみにこの時ひっくり返されたちゃぶ台は真っ二つになり、それから「ダイニングテーブル」に代わったのだ。
長年使っていたちゃぶ台はこうして世代交代したのだ。
このテーブルは今もなお、実家で現役なのである!
もう30年以上、使ってるよ。物持ち良過ぎ!てゆうか単なるケチ!すげえな、おやじ・・・。
しかしこの出来事は勿論、カルマの清算という意味もあった。
私は過去世で繰り返し、山賊や海賊をし、人の物を奪ってきた。
その立場を味あわさせられただけである。
たかだかボンカレーぐらいで済んでよかったのだ。あはは~。
そして更に事態は進展する。
母は祖母に「他所にうちの事を言うんじゃない。」と口止めされており、それを真に受けていたが、いささか我慢が出来なくなったのだろう。
とうとう父に打ち明け、「家を出よう」という事になった。
私達姉妹を連れ、家を出た先は同じ町内にある父の実家だった。父は婿養子なのだ。
実家と言うのは、先日のブログでも書いた、あの性格の悪いおばはんの所だ。
ほんの一週間程の事だと思うが、居心地の悪さや遠慮をしていた事、肩身の狭さなど、今でもはっきりと覚えている。
何よりいつもと違うコースの幼稚園バスでの送り迎えが、子供心にも恥ずかしかったからだ。
みんなから「あんたバス間違えてるよ」と言われていた。
でも私は何も言えず、それにこのバスに乗らなければならない理由なんか、みんなに言いたくなかった。
でも天真爛漫に育った子のなんと残酷な事か!
無慈悲にも「なんであんたこのバス乗ってんの?」と聞いてくる。しつこく・・・。
ホント「放っておいてくれ」と言いたかった。
今じゃ、ぺらぺらと何でも喋れる私。
何と、ありがたい事か!営業をやっておいて本当によかった!
言いたい事を堂々と、誤解されずに、キチンと伝える。それは素晴らしい事だ。
話術に天分なんてない。それは「訓練」の賜物なのだ。
私は逃げずに避けずに通って来てよかった。
子供の頃は親から放っとかれ、友達もなく、一言も喋らないで過ごす事など珍しくなかった。
でも心の底ではいろんな自分の思いが、どろどろと渦巻いていた。
でも表現する術を知らなかったのだ。
だから私は言いたい。「子供と会話して!」って。
子供は大人が教えなければ、分からないからだ。
私が小さな頃に経験した苦しみを、どなたにも味あわせたくない。
何度も言うが、子供を守れるのは親しかいないのである。
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TB[]
2007
05,22
20:19
子猫
CATEGORY[ネコ]
いつも飲ませているお薬が、そろそろ無くなって来たので、シマをお医者さんに連れて行くことにする。
最近は益々食が細くなった。
前はご飯を4回食べていたが、今じゃその頃の一回分を、一日かけて食べている。
いつでも食べられるように御飯を置いておくのだが、大概は捨ててしまう事が多くなった。
季節柄、古くなった物を食べて、お腹を壊してはいけないものね。
それでも一時より、元気になった。
それは先日もここに書いたように、「気」が入った事もあるだろう。
でもそれ以上に、何だか「消える前のろうそく」のように思える。
ろうそくが消える前、ボウッと燃え上がる瞬間がある。
それに似ているのだ。
さて。お医者さんでは先客があり、少し待っていた。
キャリアバッグからシマを出し、膝に上に乗せておく。
シマはジーッとしていて動かない。リラックスしているね。
でも私の左脇には、すでに守護霊になってるシマも居る。
何だか笑えるよ。私はダブルシマにサンドイッチされている状態だ。
さあ、診察だ。
体重を量るとやはり減っている。2、85キロだった。はあ~・・・。
口の中を消毒してもらい、注射をしてもらって終わり。先生とも
「この子を診てもらうのも、後一回か二回ですかね。」
と話していた。先生は
「それでも良い最後を迎えられて、幸せでしたよね。」
と仰ってくださった。ありがたい事だ。
さてさて。先生のところに保護されている子猫が居ます。
ただ今450グラム。確かオス猫だったような・・・。
この子はネズミ捕り用の罠でベタベタになっているのを小学生が見つけ、先生の所に持ち込まれたのでした。
先生は子猫に小麦粉をまぶし、それを食用油で洗い落とし、さらに洗って綺麗にしたのです。
とっても可愛い子でした!
どなたかもらって下さる方はいませんか?
里親募集中です!
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