こころの癒しブログ
ヒプノセラピストをやっているバツイチ母さんの日常。前世や霊、子育てや猫、なんでも書いてます。
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プロフィール
HN:
橋村 秀実
年齢:
56
HP:
心の癒し
性別:
女性
誕生日:
1969/07/25
職業:
ヒプノセラピスト
趣味:
猫を愛でる、アニメ鑑賞
自己紹介:
バツイチ母さんです。子供は三人。ネコは三匹。最近、彼氏のアパートで同棲中。
長男→かずま(21才)二年前 小説家を志し、東京に行く。ただ今、絶賛行方不明中!
長女→あやか(19才)今年一月末まで、チャネラーとして母を補佐。今はただの普通の女の子に戻りました!只今、自宅にて 一人暮らし。就職して、営業しています!
次男→すぐる(17才)只今 生意気盛りな高校ニ年生。昼はバイト、夜は夜間定時の高校と、頑張り中!三月より、父親と同居中。
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2008
05,20
22:17
続き
CATEGORY[過去]
今日は昨日の続きです。
小学校の卒業式の日。いよいよ先生ともお別れだ。
式の後は、教室で謝恩会を開き、お別れをするのが当時の風習だった。
で、式の始めに先生の言葉があった。
それは、当時の私にとって衝撃的な告白だった。
「私は、何年か前に11歳の一人息子を白血病で亡くしました。
今まで低学年を受け持ってきましたが、久しぶりに貴方達高学年を受け持ったのです。正直、複雑でした。
亡くした息子と同い年でしたから・・・。
今、この2年間を振り返ると、自分でも少し貴方達に厳しすぎたような気がします。
もしかしたら、少し憎たらしかったのかもしれません。
私の息子は死んだのに・・・貴方達は生きてるって・・・。」
先生は涙を流していた。
「厳しくしすぎた事、ごめんなさい。叱りすぎたかもしれません。
中学に行っても、頑張ってください。」
私は聞いていて、ショックを受けた。
先生の悲しみを知らなかった事を。 先生!
私もみんなも黙って聞いていたが、本当は声を大にして言いたかった。
「先生の厳しさは正しかったよ。決して八つ当たりじゃなかったよ。」って。
きっと先生からしたら、胸中は複雑だったに違いない。
だって私達は、健康のありがたさも、走り回る自由さも、みんなと勉強できる楽しさも「当たり前」だ。
そして病気の辛さも、副作用の辛さも知らない。なんてぞんざいな子供達!
そして健康な子供達を持った母親を、どう見ていたのだろうね。
先生、本当はもっといいたい事があったんじゃないの?
後年、私が大人になり、家に遊びに来てくださった事があったが、その時もしみじみ仰っていた。
「私ねえ、今思うと何であんなに厳しかったのか、良く分からん。いいじゃないの、健康ならねえ。私も若かったのかしら。」
そう言って笑っておられたが。でも私は反論した。
「何言ってんの!先生。私は感謝してますよ。叱られたのが良い思い出です。先生に叱られなかったら、私は今頃どんな大人になっていたか・・・。」
私は笑ってそう言った。
「そう?そう言ってくれれば、私も救われるけど。」
先生も笑って仰った。
中学の時も、友人と先生のお宅に遊びに行った事があるが。
居間には、先生とよく似た顔の少年の写真があった。
利発そうな、しっかりとした顔立ちの男の子。
今思えば、その少年から少し寂しさと、そして「良い子」に疲れた、というのが感じられる。
この子はそれで早々に、人生をリタイヤしたのかな。
そして先生もまた、悲しみと無条件の愛を学ばれたのだろう。
先生自体、生まれた時から苦労があり、複雑な家庭状況の中で育った人だ。
先生の今世は、苦労の解消もあったのだろう。
この苦労ゆえ、先生の人柄は温かいのだ。
私は、子供ながらも、この先生の温かさを感じ取っていたんだろうね。
どんな人にも、それぞれの苦労があり、たくさんの面がある。
でも苦労してる人には、それだけの温かさが備わってるね。
やはり多少の苦労は、人間には必要なんだな、と思う。
私は一番多感な時に、良い先生と巡り合えて、本当に良かったと思う。
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コメント[4]
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2008
05,19
23:21
11歳
CATEGORY[過去]
今日は、私の過去話の続き、11歳の時の事を書きましょう。
11歳・・・っていうと、小5だ。
小5、小6と同じ先生が担任だった。T先生だ。
T先生は当時40代後半の厳しい女の先生だった。
でも皆に平等に厳しく、時には私もパチンと叩かれる事も。
宿題も多く、忘れると本当に厳しく叱られたものだ。
当時の私は大人しく真面目で、今の私とは大違い!自分で言うか・・・って思うけど(笑)
本ばかり読んでいて、居るのか居ないのか、きっと分からなかったんじゃないかな。
2,3人の親しい友達しか話す人は居ないし、とにかく話し下手、プライド高い、でも小心者・・・
そんな子だったよ。
よくうつむいて歩いていたから、T先生に
「何か、落ちてるの?」
と、からかわれたっけ。懐かしい思い出だ。
私はこの厳しい先生が好きだった。
誰も、ひいきしなかったからだ。
前回、小4の時の担任のえこひいきが凄かった・・・と書いたが。
きっとその反動もあるんだろうね。
それに厳しく叱られても、いや、叱られたこそ
「この人は自分の為に言ってくれた。」
と感じれるのだ。
「叱れない」自分の母親と違って、毅然とした厳しさの中に、人間の温かさを先生の中に感じ取っていた。
だから私は今でも、この先生と年賀状のやり取りをしている。
数年前には、友達の結婚式でもご一緒だったし。
私が結婚した時も、離婚した後も、家に遊びに来てくださった。
先生は今もう、70歳を越えたかな・・・?
穏やかな老後を過ごしておいでだ。
この先生との一番の思い出は、やっぱり叱られた事だ。
机の上に座っていたら、太股をピシャンと叩かれ、「行儀が悪い!」と怒られ、「ああ、そうなんだ」と思った。
そんな事で?・・・と思われるかもしれないが、親に叱られた事もなく、関心も寄せられていなかった私には、新鮮な事だったのだ。本ばかり読んでいて、頭でっかちだったが、肝心な躾はされていない子だったのだ。
この先生に教わらなければ、きっと私はもっと恥を掻いていただろう。
それから「感想文を書いてきなさい」という宿題が出された。
でも私は期限には出さなかった。面倒で・・・。
それで先生に呼び出され
「あんた!いつ出すの?」
と言うので、咄嗟に「今日・・・。」と言ってしまった。そうしたら
「本当だね?!あんたが『今日』って言うんなら、私はずっと待ってるからね!」
と言われたのだ。
でも本気にしなかった私は、家に帰ったきり感想文も書かず、翌日後ろめたい気持ちのまま、登校したのだ。
当たり前だが、約束を破った私に、先生は怒っていた!それはそれは凄い形相で・・・。
「あんた~!!!よくも約束、破ったねええ~~~!!!私はあんたを待って、夜の七時まで待ってたのに~~~!!!」
叩かれる事はなかったが、とにかく先生の迫力にビビり、それから
「しまった!先生を怒らせるほど、私は不味い事をしてしまったんだ。」
と、深い悔恨の念にかられたのだ。
先生も結構意地になってたんだねえ。ふふふ~。
でもそのお陰で、私は口約束とはいえ、一回約束をしたら、必ず守るよう心掛ける様になったのだ。
とにかく「嘘つくな」「出来ない約束をするな」と、教えられたのである。
うちの親だったら、こうまで厳しくないから、きっと分からなかったよ。
本当に、うちの親はだらしないんだよねえ。
それで、お詫びの意味も込めて、感想文を自分なりにちゃんと書いたら、
クラスの代表として文集に載ったのである。いやあ~やれば出来るモンですなあ~。
この先生の事でまだ書きたい事があるので、明日も続きを書きます。
気が向いたら、読んでくださいねえ。
コメント[3]
TB[]
2008
05,18
23:14
アトピー?
CATEGORY[未選択]
なんだか知らないが、私の手は今、すごい事になっている。
年末から首や手に赤い発疹が出来、それが腕一杯、体のあちこちにも広がって出来ている。
お客様から「どうしたの?」と、聞かれる事もしばしば・・・。
最初行った皮膚科では、「乾燥から来る皮膚炎」だと診断されたが、次に行った所では「ダニ」だと言われた。
でも、ダニに刺されてもせいぜい2週間で痒みは治まるよね。
でも私のは、同じところが数ヶ月も痒くて、しかも広がっている。
それに先月の高熱以来、まだ不調が続き、食後ジンマシンが出るようになったのだ。
胃腸が弱ってる証拠だよね。
毎回ジンマシンが出る訳じゃあないが、慢性化してるかも。
それでまた、最初に受診した所に戻り、再度診察を受けたら、「アトピー」だと診断された・・・。
マジかよ・・・。この年で・・・。
しかも、かずまもアトピーを持ってるが、私が見かけるアトピーと大分違う気がするが・・・。
まあ、しかし、アトピーと診断され、今は塗り薬をつけ、痒み止めの飲み薬を飲んでる所だ。
薬が効いてるのか、効いてないのか・・・良く分からないんだけどね。
先日、画の教室に行った時、アシスタントさんに
「私、アトピーって診断されたんですよ。」
と話していたら。彼女に
「橋村さん、『ありがとう』って書いた紙を入れたお水を毎日、2ℓ飲んでみたら?」
と言われた。彼女は先生と共に気孔をやっているからね。
そう言えば、最近の私は怒ってばっかだからなあ・・・。
それが体に出ているのかも・・・笑
コーヒーばかり飲んでる私は、まだお水を飲んでいないんだけどさ。
それに最近はホント忙しくて、ありがたい事にゆっくりご飯も作る時間がない。
今日は久しぶりに料理を手作りし、ひじきの煮物に豆腐サラダ、けんちん汁・・・と野菜たっぷりのメニューだ。やっぱ、和食はいいっスよ。
先程、最近の私は怒ってる・・・と書いたが。これもいつもの事だけどさ。
で、何に怒ってるのかと言えば・・・。
まず、すぐるの分からんチンぶりに怒り・・・。
人様の矛盾に怒り、ぬるさに怒り・・・。
こういう仕事をしている所為か、たくさんの人を見てきた所為か・・・。
「矛盾」があると、すぐに分かる。
矛盾がある人は、気持ち悪い。なんていうか・・・表現が難しいんだけど。
「言ってる」事と「やってる」事が違うとか。
「やりたい」事が「やれてない」事とか。
一番気持ち悪い・・・というか、重いのは「やってはいけない」事を「やってる」人かな。
この手のは「罪悪感」が付き纏っているので、私達は重苦しく感じたり、べタッとしたような気持ち悪さを感じ取ってしまうのだ。
これは「不倫」してる人や、「薬」(ヤクの方ね)をやってる人だな。
それから援交とか、出会い系にはまってるとか・・・。
本人は「分からないならいいじゃないか」と思うだろうが、やはり本人の深い所には罪悪感があるので、その罪悪感から本人に「罰」的な事を引き寄せる。
結局、本人にツケが回って来るのである。
そういう「矛盾」を抱えた人に出会うと、私達は
「何をやってるんだ!結局自分の首を絞めてるだけだろう?!」
と怒りたくなるが、お客様や知り合いにはさすがの私でも怒れないので、黙っている。
これが一番腹立たしいのかも。言えれない自分がね。
案外溜め込んでいるのかなあ~?それで私の代わりにプツプツと出来物が出ているのか?笑
そう思うと、自分の息子がいくらアホでも気が楽だ。
自分の子なら遠慮なく言えるからなあ。
「何やってんだ!!!おまえ!!!」ってね。笑
矛盾が多いのも人間。でもそれは自分に返ってくる。
やっぱり、どう生きるか・・・につきますね!
コメント[9]
TB[]
2008
05,17
00:00
長寿医療制度
CATEGORY[未選択]
最近、医療制度の移行で、ワイドショーやニュースは賑やかですね。
私はこの制度について、特に意見は無いのですが、ただ私の理想の「医療」の形があるので、それについて今日は書こうと思います。
その前に、私の一番下の妹は、10数年前にロシアに二回、留学していました。
その妹から聞いた話ですが。
でも、もう約15年程前の話なので、今もそうなのかどうか、分かりませんが。
当時のロシアは日本ほど「健康保険」の整備が整っておらず、それ故医者に掛かる時は、「実費」の人が多いそうだ。
その為、ロシアでの医者の役割は「診断」なのだそうだ。
例えば・・・。
「貴方は肝臓ガンです。このまま行けば余命3ヶ月でしょう。治療すれば、もう少し生きられます。治療しますか?どうしますか?」
となる。それで大抵は
「分かりました。治療はいいです。」
という人がほとんどなのだそうだ。
そして家に帰り、覚悟を決め、家族と共に残りの時間を楽しむ・・・。
私はこういう事実を知って、深く打たれたのだ。
なんて潔いのだろう!
無用な延命治療をせず、自分で最期を決めれる!
日本だったら必ずと言っていいほど、みな治療を受けるだろう。
私もそういうもんだと思っていたから。
でもあえて治療をしない、という方法もあるのだ。
これもまた、その人の「生き方」というか、「尊厳」というか・・・。
勿論、ロシアのそういった背景には、「定期健診」が未整備だとか、貧しさから・・・というのもあるだろう。
しかし、介護施設で「死にたい」と言っても延命治療を施され、死ぬ事すら選べず、苦しい思いをされているご老人も一杯いらっしゃるのだ。
意識が無くても、生かされてしまう・・・私はそうまでして、生きたくないな。
どちらが幸せなのだろうか?
日本の老人とロシアの老人。
妹が言うには・・・。
「向こうの人は凄いよ!病気の宣告をあっさりと受け入れちゃうんだ。それで家族に打ち明けて、一緒に泣いて・・・。だからお互い噛み締めあって、最期まで生活を共にするから、お互い悔いは無いよね。それにさ。延命治療もしないし、痛み止めだけで治療をしないから、長患いもないしさ。だからロシアには入院患者は若者だけで、老人はほとんどいないんだよ!」
凄いと思ったよ。お国柄もあるのかな。
先日、すぐるとお互いの「最期」について、話し合ったが。
きっかけは、すぐるが「献体登録をしようと思って・・・。」と言い出した事かな。
それで私も「いいねえ。お母さんもやろう。」という事で、盛り上がったんだけど。
実際は登録に行く暇がまだ無くて、やれてないんだけどね。
それで「もし、お母さんが交通事故や病気になったとしても、延命治療はしないでね。気持ちよく死にたいからさ。」と言ったら。さすが、すぐる。
「あ!オレも!治る見込みがなかったら、オレもそのまま献体でもして、人様の役に立って死にたいよ。だからオレにも延命はいいから。」
やはり、こういう事は気が合う親子なのである。
きっと私の最期は、子供達が尊重してくれるだろう。
それだけでも、私は安心なのである。
そして、それよりも病気にならない生き方をしようと思う。
明るく、元気に、朗らかに、楽しく笑って生活しよう!
さてと~・・・カイさんが可愛く寝ていました。
そして今日描いた、私の画です。
コメント[6]
TB[]
2008
05,15
20:02
すぐる16歳
CATEGORY[子供]
今日はすぐるの誕生日!お陰様で16歳になりました。
早いもので、このブログで祝う、3回目の誕生日ですねえ。ホント、早いもんだ。
すぐるも生まれるまでが大変だったので、
「あんな思いをして産んだのに・・・これかよ・・・。」
って思う時もある。
そのくらい、激しい親子喧嘩もしょっちゅうだが、それもお互い元気で健康だからこそ、喧嘩も出来るのだ。
ありがたや、ありがたや・・・。
最近はバイトと学校でお疲れ気味のすぐるだが、意欲だけは満々なので、結構な事である。
後で、学校から帰ってきたら、二人で祝おう!
さて、昨日の続きを書きましょう。
あやかが小一の時にいじめられた・・・の続きです。
私はあやかに降りかかったいじめのターゲットが、他に逸れる事を危惧していた。
いじめが解決した日、学童にお迎えに行って、そのままスーパーへ買物に寄った。
あやかやかずまを伴って店内に入ると、なんとそこには「しょうこ」ちゃん親子がいるじゃないか!!!
「これはチャンス!この親にも釘を刺しておこう!」
と、早速近づく。
「おくさん、こんにちは~。いつもあやかがお世話になってます。おくさん、綺麗だからすぐに分かったわよ。」
なんてお世辞半分で挨拶を交わす。
「あら、やだ~。そんな・・・」
と、言いながら嬉しそうに笑ってる。ついでにチラリとしょうこちゃんを見やる。
こうして無言で「あんたの親とは仲がいいわよ。」と、アピール。
私も子供相手に大人気ないと思うが、私だって必死なのである。
可哀相にしょうこちゃんは、昨日脅され、更に今日も私に会う羽目になり・・・すっかり真っ青だった。
さて、おくさんも気を良くしてくれた所で、早速本題を切り出そう。
「あのね、相談があるんだけど・・・。」
と、しおらしく切り出す私。
「うちのあやかが、誰かにいじめられてるみたいなんだけど・・・。」
と言うと・・・。なんと、そのおくさんが。
「あら!うちの子もなのよ!」
と言う。
内心「はあ?」と思う私。「いじめてるのは、あんたの子だよ!」と言いたいが。
更に喋るおくさん。
「たかこちゃん、ているんだけど。あの子なのよ~。」
その子は、おまえんちのガキの取り巻きじゃないのか?内心、混乱する私。
そのおくさんから、良く話を聞くと、段々全容が見えてきた。
どうやら「たかこ」ちゃん、てのが首謀者らしく、どうやらしょうこちゃんは手先のようだ。
要は「言う事を聞かないと、あんたをいじめるよ。」と支配するタイプなのだ。
おくさんは言う。
「うちのしょうこは大人しいもんだから、怖くて従っちゃうのよ。やりたくない事までさせられてるみたいで。なにを命令されてるのかは、知らないんだけど・・・。」
このおくさんは自分の子が何をさせられてるのか、知らないのだ。
だったら、私がそれをかき回す必要は無い。
「あやかちゃんはいじめられてるの?」
と、心配そうにおくさんが聞いてくるので
「お互い、気をつけましょうね。でも困ったね。そんな子がいるんじゃ・・・。何かあったら教えてね。」
と、私はおくさんにそう言って、更にしょうこちゃんに
「しょうこちゃん、しっかりしているから、うちのあやかを頼むね。」
と、嫌味半分、釘を刺す意味で半分、言って立ち去ったのだ。
おくさんの情報によると、たかこちゃんというのは近所の団地に住んでおり、家庭内が複雑らしい。
それがこの子の心にどのように影響を及ぼしているのか分からないが、とにかく意地悪、ズル賢い、他所のお宅へ勝手に上がりこむ、他所の玄関のチャイムを何十回と押す、他所のうちの冷蔵庫を勝手に開け、食べ物を漁る、赤ん坊の玩具まで取り上げ・・・とにかくやりたい放題。
団地内で有名な「問題児」だったのだ。
しかし、このたかこちゃん。家や学校では至って「良い子」。
親や先生の前では、しっかりと振る舞い、挨拶し、行儀の良い「良い子」ちゃんを演じきっていた!
だから、おくさんも
「きっと先生に言っても信じてくれないよ。どうしよう。」
と言っており、それで「困ったね。そんな子じゃあ・・・。」という話になったのである。
ところが、人生何が起こるか分からない!
話は急展開する事になったのだ。
翌日、たかこちゃんは「家の事情」により、急遽引っ越してしまい、それに伴い彼女は転校してしまった。
私達が喜んだのは言うまでも無い。
それからあやかとしょうこちゃんは仲良しに戻った。
そのおくさんとも、私達が離婚して引っ越すまで、良い関係が続いた。
本当、余分な事言わなくてよかった・・・。
落ち着いて、話を聞いてみるものである。
そしてそれを機に、あやかの私に対する信頼は、益々篤くなったと思う。
「いじめ」は私達親子の絆を深める、絶好の機会だったのである。
それを与えて、たかこちゃんは去って行ったのだ。
それにいじめの世界も奥が深いと思ったのだ。
私達が引っ越し、この今住んでいる小学校に転校した後も、あやかは度々いじめられたが、やはり黒幕が存在し、手先がいじめる・・・という構造が案外あるのだ。
これは女の子同士の世界が多いね。
男の子はもっと単純なことが多いな。
そういう意味では、女の子の方が神経使うかも・・・。笑
三人とも無事に育ってくれて、本当に良かったよ。ふう~。
コメント[3]
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