こころの癒しブログ
ヒプノセラピストをやっているバツイチ母さんの日常。前世や霊、子育てや猫、なんでも書いてます。
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プロフィール
HN:
橋村 秀実
年齢:
56
HP:
心の癒し
性別:
女性
誕生日:
1969/07/25
職業:
ヒプノセラピスト
趣味:
猫を愛でる、アニメ鑑賞
自己紹介:
バツイチ母さんです。子供は三人。ネコは三匹。最近、彼氏のアパートで同棲中。
長男→かずま(21才)二年前 小説家を志し、東京に行く。ただ今、絶賛行方不明中!
長女→あやか(19才)今年一月末まで、チャネラーとして母を補佐。今はただの普通の女の子に戻りました!只今、自宅にて 一人暮らし。就職して、営業しています!
次男→すぐる(17才)只今 生意気盛りな高校ニ年生。昼はバイト、夜は夜間定時の高校と、頑張り中!三月より、父親と同居中。
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2008
01,12
00:20
続き
CATEGORY[過去]
さて、今日は今年初めての、画の教室に行って来ました~!
それからライちゃんが右前足に名誉の負傷を負って、帰って来た。
早速お医者さんに診て貰う。
どうやらお外で喧嘩でもしたのか、噛み傷から腫れあがっており、化膿してたんだなあ。
そんな訳で抗生物質を打ってもらい、処置をしたのだ。
さて、近況報告はここまでにして、昨日の続きを書きましょう!
みんなついてこ~い!
さて、とりあえず病院に入院した訳だが、検査をするに従い、とんでもない事が分かった。
どうやら「予定日」が大分違っていた・・・という事だ。
予定日というのは、最後の生理から数えて、産まれる予定日を割り出すのだが。
そもそもの最後の生理、だと思っていたものが、生理ではなかった事が判明したのだ。
実は、流産しかかった出血を生理だと思い込んでいたのだ。
道理で、当時「ヤケに生理痛がひどいなあ」と思った訳だ。
今思えば出血の色が普段より鮮やかだったり、いつもより期間が短めだったり、不審な点はいくつもあったのだ。
でもそんなに早く妊娠する訳ないでしょ、という思い込みから、生理だと決め付けていたのだ。
かずまを産んだ直後、一ヶ月くらい出血が続いたが(皆さんもそうです)、終わった途端、次の日にまた生理がやって来て、2回目か3回目の生理だと思ったら、それが不正出血だったのである。
結局私は産後3、4ヶ月目で二人目を妊娠したのだ。
もし、それが切迫早産だと知っていたら、それは絶対安静のはずだ。
でも知らなかったから、今思うと随分無茶な生活をしていた。
だって、左腕に買い物袋を引っさげたまま、かずまを片手抱きし、反対の腕でベビーカーを持ったまま、アパートの階段を一個飛ばしで駆け上がっていたもんね。
で、時折あまりの腹痛に身をかがめ「く~・・・!」と我慢し、
「今月の生理痛は酷いなあ・・・。」
とのん気に思っていたのだよ!恐ろしい!
それでも、あやかは生まれるべき子だったのか、必死になってぶら下がっていたんだねえ!
あやかは腹にいるときから、強い子だった!
だから予定日は「3月上旬」だと思い込んでいた。
ところが検査したら、子宮の大きさと子供の成長から
「臨月に近いなあ」という事になり、
「最後の生理はどんな感じ?」と聞かれ、そのまま答えていたら
「それは生理じゃないな!流産しかかってたんだ!よく一週間も出血が続いて、赤ちゃんが無事だったなあ。」
と変に感心されたのだ。
さて問題は、あやかがまだ2キロくらいの大きさで、どうしようか、と先生は思案していた。
子宮口を縛って、赤ちゃんを留める方法もあったが、どうやら私の子宮はボロボロで
「これ以上、子宮に赤ちゃんをおいといても、大きくならないよ。」
と言われてしまった。栄養を送り届けるだけの力がなかったのだ。
「さてはあんた!酒とタバコの吸いすぎだな!」
と怒られたが、生憎私は今まで煙草を吸った事もないし、飲酒も好きじゃない。
必死で反論したが、
「じゃあ、なんでこんなにボロボロなんだ?これじゃあ、赤ちゃんが可哀相だ。」
と言われる始末。でも今なら分かりますよ。明らかに原因は「ストレス」だな。
それも旦那に対する・・・ね。
まあ、子宮に置いといても仕方ないので
「産んじゃいましょう!」
という事になり、私は内心ホッとした。だって、妊娠は本当に辛いんだモノ!
寝返り打てない、うつ伏せで寝れない、何より酷い腰痛、それから強い下腹の張り、重たいお腹・・・。
ああ・・・!これでやっと楽になれる~!!!ってね。
これは妊娠した人じゃなければ分からない辛さだ。
でも「子供が欲しい」という方、余り恐怖に感じないでくださいね。
これはあくまでも私の体質と環境の問題もあるのですから。
そんな訳で、破水をさせ、わずか一時間であやかは生まれたのだった。
しかも無痛だったのだ!
私は子宮の収縮を感じても、全く痛みを感じなかったのだ。不思議だ~!
ちなみに2256グラムで、うちの猫より軽いよね。
でもさすがは、あやか!保育器にも入らず、自力で呼吸をし、一番大きな産声を上げたのだ。
「女の子ですよ」
と言われ、嬉しくて泣いたのを覚えている。
男でも女でもどっちでもよかったが、無事に生まれたのが本当に嬉しかったのだ。
しかもあやかは凄い!初乳もいきなり130cc飲んでたし!(平均30~50cc)
体は小さくとも、すこぶる元気が良かったのだ!本当に良かった。
そんな大波乱を乗り越え、生まれる時はあっさりと生まれたのだ。
さて、明日は生まれた直後の事を書きます。入院中の事なんかをね。
まだ続くんかい!と思う方、すいませんねえ・・・。
もうちょっと付き合ってくださいねえ。
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コメント[5]
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2008
01,10
19:09
過去話
CATEGORY[過去]
さて、最近の私は、あやかからうつされた風邪を引いております。
体調は大丈夫なんだけど、とにかく咳が酷い。ついでに声が変。皆様にご迷惑をお掛けしております。
話は変わるんだけど、明後日はあやかの18回目の誕生日である。
いよいよ18才だ~。早いなあ。
そんな訳で、今日はあやかが生まれた経緯なんかを書きたいと思います。
今日はちょっと、ダークでヘビーかもね~。むふふ~。
苦手な方は飛ばしてくださいね。
さて、18年前の私は・・・やっぱり風邪を引いていた。
この時も物凄い咳と吐き気で体調は最悪・・・。
でも妊婦だから、風邪薬も飲めない。ほんと悲惨だった~。
しかも妊娠によって酷い腰痛にも悩まされ、這ってトイレに行く有様。
便器に座ろうにも、腰が痛くて、便座に座るまで30分は要していたっけ。
当時の腰痛は半年くらい、こういう状態が続いたのだ。
「なんで私は20という若さで、こんな思いをしてるんだろう。
同級生達はコンパだ、ナンだと浮かれていると言うのに・・・。」
しかも私は幼子を抱え、旦那ですら労わってくれない。
親も「遠いから」というだけで、来てもくれないし。
遠いったって、たかだか12,3キロしか離れてないんだよ?有り得んよね。
でもいよいよ体調がヤバイ状態になってきたのだ。
夜になり、咳が酷くなった所為で、腹筋に力が入り、また早産の兆しが出たのだ。
自分なら分かるよね。何となく勘が働くものだ。ヤバイよなあ~ってさ。
しかもとどめに吐いてしまった。これによって微弱陣痛が始まってしまったのだ。
最悪な事にかずまにも風邪がうつり、下痢便をしており、熱の所為か、グズグズ泣いている。
でも私も腹が痛くてそれどころじゃない。
泣いてるかずまに添い寝をするのが精一杯。
たまらず、隣の部屋にいた旦那に頼む。
「お願いだから、オムツ替えて。」
そうしたら罵声が飛んでくる。
「オレだってなあ、腰がいてえんだよ。でもお前みたいに甘ったれてないから、オレは仕事行ってるんだ!ありがたく思え!」
しかも旦那がトイレに行く途中に、私が洗面所に吐いた物を見つけた。
そうしたら、また激怒!
「テメエ!何でこんな所に吐いたんだよ!詰まるじゃねえか!テメエが片付けろよ!」
もう泣くしかなかったね。
私は収縮を始めて痛む子宮を抱えながら、這ってオムツを取りに行き、替える。
当時紙おむつが出ていたが、私は三人の子供を布オムツで育てた。
お金をもらえなかったからだ。
生活費は4万円、これが私の全てのお金だったからね。
紙おむつなんて手が出なかったのだ。しかも当時の方が物価が高かった。
それからヨロヨロとしながら、洗面所を片付ける。
なんて情けなかった事か・・・。
旦那はレンタルビデオ店で借りた「座頭市」を見ていた。夢中で3本見ていたよ。
それ以来、私は「勝新太郎」が大嫌いになったのだ。すいません。勝新さん。今は好きですよ。
それにしても可哀相だったな、かずまは。
具合が悪くても、抱っこもされず、父親に関心を持ってもらえず・・・。
まだ一才だから、泣いてる事しか出来ないのだから。
始まりかけた陣痛と闘いながら、自分が情けなかった。
自分の旦那だと言うのに、思うように動いてもくれない。私って全然大事にされてないじゃん!
それでも何とかしなければ。早く動かないと赤ちゃんが生まれてしまう。
メソメソ泣いてる時間など、ないのだから。
「ねえ、陣痛が始まったから・・・。」
そう言うと
「ケッ!そうかよ。被害者面しやがって!そうやって嘘ついてろ!」
と言う。やっぱりねえ~、思ったとおりの反応だな。
もうこの時、また私の中で静かな決意が湧き上がった。
「絶対、離婚しよう。その為に絶対力をつけるんだ!その『時』が来るまでは、自分達の為に割り切ろう!それまでは大人しく、従ってるフリをするんだ!あいつなんか、頼るもんか!」
ってね。こうして更に自立を決意させられた訳だ。いやあ~、うまく出来てるねえ。
さてとりあえず、私は助産婦に電話をし、「とにかく絶対安静」を促され、翌日朝一で来るよう言われ、誰に連れて行ってもらったか忘れたが、診て貰う為に行った記憶がある。
そして案の定、私の子宮口はすでに2センチも空いており、
「今から入院しなさい!」
と、言う事で、総合病院に入院する羽目になったのだ。
勿論、かずまは実家で預かってもらったが。
さて、この続きはまた明日。
って、読んでくれんのかなあ?(笑) こんなダークな人の話って、面白いのかなあ?
でも事実だし。ホントの事だもん。
と、言う事でまたあした~。
コメント[8]
TB[]
2008
01,09
21:29
本屋
CATEGORY[過去]
今日の夕方、買い物してたら・・・。
「あ!久しぶり~。」
という声が。どうやら私が声を掛けられたようだ。
なんか、見た事あるな・・・誰だっけ?・・・と思っていたら、思い出した!
5年前に、一緒に本屋さんでバイトしていたIさんだ!
「わあ、ホント、久しぶりだねえ。誰かと思ったら!今何処にいるの?」
「今もまだEホテルで働いてるよ~。」
「そう、頑張ってね。」
なんて会話を交わして、すぐ別れたのだ。
そういえば、彼女もここら辺に住んでいたんだっけな。
彼女もきっと24,5になった事だろう。
当時は19歳になったばかりだったから。
あの頃を思えば、この子もちょっと落ち着いたなあ。
彼女はおとなしめの地味な子だ。でも、ちょっと変わった子だった。
大人しい割には、年上でも結構横柄な口を利くというか、タメ口でバリバリいう子で、これが若い男の子(この子より2,3歳上の子達)の反感を買ったものだった。
この男の子の中には、今だにメールをくれる子もあるが、H君は特に私に懐いており、私も弟か息子みたいに可愛がっていたのだ。ここに引っ越してくる時も、H君は手伝いに来てくれたしね。
ところが、このIさん、私にも無遠慮にモノを言うものだから、H君はすっかり怒ってしまった。
「橋村さんにまで、タメ口利くんじゃねえ!生意気なんだよ!」
なんてね。私はH君が可愛くて、笑って聞いてたんだけど。
でも私はIさんの事も、ちょっと大きくなった、「うちの娘」くらいにしか思ってなかったし、口の利き方も
「親の躾の問題だな。」
としか思ってなかったので、特に気を悪くしていた訳ではなかったのだ。
そもそも私自体、年上でもタメ口だもんね。人の事言える立場じゃないよ。
ただ、この子場合、同じタメ口でも根底に「人を馬鹿にしてる」ような、対等になったつもりの物言いをするから、反感を買うんだな。それが「生意気」だ、って印象付けるんだろう。
やっぱり人を「尊重する」気持ちがないと、敬語であってもタメ口であっても、印象は悪いね。
確かに当時の職場では、彼女は浮いてたな。
でも私は彼女にとって、良い先輩だったかな?そう思う。
そりゃあ、質問されればとりあえず答えたし、私はそんなに無愛想じゃなかったと思うんだけど。
じゃあ、彼女を可愛がったか、と言われれば、そういう訳でもないし。
でも私の周りには、いつもH君がまとわりつくようにべったりとくっついて話していたもんだから、彼女の入る隙間はなかっただろう。
そんなに仲の良かったH君と、何を話していたのかと言えば。
アニメ「少女革命ウテナ」の話だったり、アメリカのテロやブッシュ大統領の話だったり、政治だったり・・・。
およそ、色気もへちまもない話ばかりしていたのである。
それにH君にはお母さんがいないので、私に母親のような温もりを求めているのではないか、と感じていたのだ。
H君も夢一杯の行動力のある子だが、私が本屋を辞め、一足先に自分の夢を叶えたので、益々
「橋村さんはオレの憧れの人です!」
なんて、照れもせずに言ってくれたもんだ。
その後、彼女が出来たり結婚について迷ったりする度、連絡をくれるが、最近はご無沙汰だから、今はどうしているんだろう、と懐かしくなる。
今日久しぶりにIさんに会った事で、ついでのようにH君の事も思い出してしまったよ。
それにしても本屋さんも楽しかったなあ。
大好きな本や漫画に囲まれて、本を並べているだけでも幸せだったよ。
昼間のパートの主婦達にはうんざりだったけど、店長や若い男の子達とガンダムトークをしていると、時間が経つのも忘れて喋っていたっけ。あ~、楽しかった。
やっぱ、若い子達と話していると、若返るね!(どこのバアサンだ!)
今もだけど、こうしていつも友達に囲まれて楽しいから、彼氏がいなくても平気なんだよねえ。
家に帰れば、子供とまた喋っているし・・・。
結局、手近な所で寂しさを紛らわせれるから、こうして彼氏いない歴を更新し続けている訳だ。
でもいい加減、ちょっと焦るよ。
昨日は10年目の離婚記年日だったし 。もう40近いし。
一方で「面倒臭い~。」と思ってる自分もいるし。何なんだろうねえ。
さあ、今年はどうなるのか?今年こそ、激動の変化を迎えるのか?
乞うご期待!ってヤツですな!
コメント[4]
TB[]
2008
01,07
23:56
停学
CATEGORY[過去]
昨日、私の高校時代のバイトの事にちょこっと触れたので、続きでも書いてみようと思ったのさ。
物好きな方は読んでくだされ。
高校時代、目的もなく只世間体の為に高校へ進学した訳だが。
悪いけど、勉強はチョロかったし、目的も見出せず・・・だって、進学校で、私成績優秀なのに(学年で2番だったんですよ!普通の親なら喜ぶよね?)、親から「進学させないからね!」って言われていたからね。
じゃあ、何で高校行かせる訳って、なるよね?
それに対して、親は何も答えられず、「結局あんたらの為に行ってやってんじゃん」的な感じで高校へ行ってたから、そりゃ、目的なんか見出せないわな。
ちなみに高校進学の時も結構葛藤があったのだ。その話も後日書かせて下さいね!
そんな親に更にガッカリしていた私は、こんな人達に世話になりたくないと思い立ち、高校一年の夏休みからせっせとバイトに励んでいたのだ。進学校なので、勿論バイト禁止。
しかし、それが何だって言うんだ!?私の人生なんだから、私の事は私が決める!
昔から私はこういう人である。
そんな訳で、コンビニ、観光ホテルの掃除、そして次に喫茶店のウェイトレスのバイトをしたのだ。
喫茶店が一番長いバイトだったな。半年以上やってたから。
一年の終わりに働き始めた喫茶店も、二年の夏休みになり忙しく毎日働いていたのだ。
レジを打っていたら、目の前の客の顔に見覚えがある。
誰だっけ・・・?と思ってみていたら・・・。それは社会の先生じゃないか!
黙っていればいいのに、思わず「あっ!!!」っと、声をあげてしまった!
そうしたら先生が気が付いた!
「おまえ、見た事ある顔だな?さては生徒だな?さあ、名前と学年組を言え!」
と、言われてしまった。もう降参した方がいいな、と思い、素直に白状する事にした。
そして、オーナーに「多分学校にばれたので、もう来れません。」と謝り、学校からの通達を待つ事にしたのである。きっと親も呼び出しを喰らうだろう。
母親に「学校にばれたから、呼び出し喰らうよ。一応覚悟しといて。」と、頼んでおいた。
母親はオロオロして「ど、どうしよう。私、何すればいい?」と聞くので
「まあ、何とかなるんじゃないの?いいよ。私が謝って私が喋るから。あんたは黙ってればいいよ。」
と言っといた。私はこんな時でさえ、いつも落ち着いていたものだ。
本当に可愛げのない子だよねえ。
で、早速次の日にお呼び出しが掛かり、私の横に母親、目の前には学年主任であり、生活指導の先生がいかつい顔をして座っていた。早速先生は
「お前は一体どういうつもりだ!バイトは禁止って、知ってるんだろうな?」
と、すごんでいる。だから何?って感じだけど。
父親の罵倒を浴びせられて育っているから、先生の脅しなんて、ち~っとも怖くないんだよね。
私は努めて冷静に
「バイトが禁止なのは知ってます。でも勉強以上に面白くて、今の私には本当の勉強になっているんです。どうせ、ここに居ても私は進学しませんし、この学校にいる事は意味がないんです。だからバレて停学処分になるのはいい機会なので、いっそ退学しようかと・・・。」
と、そう言い掛けた所で先生は真っ青な顔になり
「おまえ!本気なのか?ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。今、担任を呼んで来るから!」
そう言って、慌てふためいて駆け出していった。
私はその後ろ姿を見て、大爆笑していた。
でも横で母親は真っ青になっている。
「あんた、退学するの?」
「さあね。するかもね。だって進学させてくれないんでしょ?」
信じられないかもしれないが、私は勉強が好きで、大学に行ってもっと勉強したいくらいだったのだ。
結局結婚したので進学もクソもないのだが、でも今思うと進学しないでよかったよ。
そのうち担任が真っ青な顔をして走って来た。
それを見て、内心かなり爆笑していた!勿論笑いを噛み殺し、ポーカーフェイスでいたけどね。
「橋村さん!退学するって本当ですか?もう決めたんですか?出来れば思い直していただく訳にはいきませんか?」
先生はかなりの低姿勢で私に問いただす。更に説得する担任。
「私には妻と子供が二人、二人目は最近生まれたばかりで。しかも私の両親と同居ですから、私の収入に全てが掛かってるんですよ。」
「だから何?先生公務員だから、私が一人欠けたって、収入は関係ないでしょ?」
「いや・・・それが。実はこの夏休み中に二人、クラスから退学者が出まして・・・。」
そうなのだ!この学校は創立3年目にして初の退学者を、寄りによって、うちのクラスから二人も出したのである!
「そこへ持って、橋村さんに退学されたら、僕は・・・僕は・・・ああ!きっと首だあ~!」
と、頭を抱えて悶絶している先生。なんかドラマみたいだな、面白すぎだろ・・・と、内心爆笑!
私って、本当タチ悪いよね。
「先生も大変だねえ。」
私が人事みたいに言うと、先生は更に私に詰め寄り
「そうなんです!僕の収入に全てが掛かってるんです!ここは一つ穏便にですねえ、僕を助けると思って・・・何とか退学だけは思い直してくれませんか?」
「別にいいけど・・・でも私、停学処分なんでしょ?」
私がそう言って、駆け引きする。私は何とか自分に有利に働きかけたい。すると先生から思わぬ提案が!
「こうしてはどうでしょう?今夏休みの半ばですし、明日から『停学処分』という事にすれば、夏休み中に処分が終わりますよ。そうしたら誰にも分かりませんし。ただ外出を控えてくれればいいので、残りの二週間だけ大人しくしていてくれませんか?」
「先生がそこまで言うのなら・・・。」
という事で、表向き渋々承諾し、内心は「ラッキー」と喜んでいた。
親もホッとしていたし。
更に先生、本音が暴走中。
「いやあ~。助かった!ホントの事言うと、橋村さんがいてくれたら、クラスの平均点を下げずに済むし!」
ああ、そういう事・・・。そのうち、進学も何とか説得すれば、持ち掛けれるかも・・・と先生は画策していたようだし。先生も公務員なのだ。
そんな先生の本音を聞かされ、でも奇麗事を聞かされるより、いっそ気持ちいい。
それからこの担任とはいつも本音で話していたし、そんな会話が気持ちよかったのだ。
この先生とは、今でも年賀状のやり取りをしており、結婚式にも出ていただいた。
その時の生まれたばかりの2番目の子も、うちの長男と2歳しか違わないしね。
年賀状はお互いの近況報告が多いな。人生って面白いね。
ちなみに、退学した2人のうち1人は、家庭の事情で退学したが、5年前にそのS君と偶然再会したのだ。
当時は口なんて聞いた事もないチャラ男だったが、どうやら彼も人生の示唆を舐め尽くしたらしく、家業の倒産、離婚、を経てすっかり落ち着いた大人になっていた。
「お互い年取ったねえ~。」
と笑いあったが。今はどうしているだろう。人生いろいろ・・・。
こんな感じで、私は人を食ったような子供だったのである。
本当に狡猾で可愛げのない子だったなあ~。
でもまあ、今は楽しい思い出なのだ。
コメント[5]
TB[]
2008
01,06
22:59
計画
CATEGORY[子供]
すぐるは今、自立の為の計画に夢中だ。
でも、一人暮らしは本人も何かと心配のようで・・・学校との両立とか経済面で・・・
それで友達とルームシェアを計画しているのだ。
相手は、このブログに時々出てくる、父子家庭のM君だ。
このM君もすぐると同様、A高校の夜間定時を受験するつもりだ。
受験といったってテストを受ける訳ではなく、作文と面接だけだから、まあ、落ちる事はないと思うんだけど。
このM君、ちょっと藤田まことに似ていて、私とあやかは「はぐれ刑事」と呼んでいる。
このM君が人生にまで、はぐれませんように。あ!すぐるもね。
さて、そんな訳で「何処に住もうか」とか「どのくらいお金が掛かるのか」とか、いろいろ考えているのだ。
私も今年中には家から追い出してやろうと思っていたが、すぐるからも「秋には家を出る」という宣言を聞いたので、「あ、そう。頑張ってね。」と言っておいた。
とりあえず、中学を卒業したらバイトを探さないとね。
それからすぐるは、料理を教えて欲しい、と言ってきた。
でも、今だ遊び呆けていて、一緒に台所に立ったためしはない。
まあ、困らないとやらないよなあ。
「M君と一緒に教えて」と言うんだけどね。
それはいいんだけど、このだらしのない二人の事、大丈夫か、と心配だ。
M君の方がしっかりとしている分、安心なんだけど・・・。
そこら辺、すぐるも計算してるんだな。
「でも、きっと揉めるのは「金」の事だな。だからその辺はきっちり話し合うよ。」
「そうだね。お金の管理が一番難しいよ。」
私達も話し合っているのである。
ただ一番のすぐるの心配は、
「こんなオレを雇ってくれる所があるんだろうか?」
と言う事だ。私は笑って「大丈夫でしょ」と言うが。
確かにすぐるは子供っぽいからなあ。
やっと身長は160を越したが、顔はどう見ても中学生だからなあ。
どっちにしても、高校生のバイトなんてコンビニか飲食店か・・・出来るバイトには限りがある。
「お兄ちゃんの時は花博があったから、いいよなあ・・・。」
と、言うが。
かずまがバイトを始めた頃。折しも「花博」開会前だった。
だから卒業式から帰った直後、早速バイトの面接の為の電話をし、次の日から働いていた。
ただ物凄い加超労働で、労働基準法なんてまるっきり無視。
一日12時間ぶっ通しで働かされ、休憩なし、飲まず喰わずで働いていたので、体の心配をした私が辞めさせたのだ。
それまでポッチャリとしていたかずまは、それ以来ガリガリにやせ細ってしまった。
その代わり、給料は凄かったけどね。初任給が20万越えてたもんなあ。
「お兄ちゃんはいいよなあ。」
と羨ましがってるすぐるだが。でもあんな労働が「仕事」だなんて、思われたくない。
昭和の女工さんじゃあるまいし。休憩もないのが「仕事」だなんて。
まして、すぐるは夜、学校に行かなければならないのだ。
両立は、口で言うほど容易いものではない。
ちなみに、あやかの最初のバイトは「チラシ配り」だった。
駅前などで、英会話教室のチラシを配るのだ。
あれは結構精神的にキツイと思うが、でも当時、人見知りだったあやかの治療には最適だったな。
若いうちは仕事も選ばず、何でもやってみればいい。
やってみなければ、分からない事ばかりだ。
何事も経験!経験!
そう言う私も、高校時代はバイトしていた。
部活もやっていたので、土日くらいしか出来なかったけど。
最初にやったバイトは、夏休みのコンビニだった。ここら辺で出来たコンビニ第一号店だった。
今はそこら中にあるけどね。当時は珍しかったのだ。
海水浴場の所にあったので、それはそれは忙しく、一ヶ月で10万近く稼いだよ。
それ以来、私は親から小遣いを貰うのはやめた。
コンビニを辞めてからは、観光ホテルの掃除、それから喫茶店のウェイトレスをしていた。
結局、学校にばれて、停学を喰らったんだけど。
この時の話も面白かったので、また書く機会がありましたら、書かせてもらいます。
当時の私も早く自立したくてたまらなかった。
自分が何処まで出来るのか、試したくて仕方なかったのだ。
だからすぐるの気持ちも良く分かる。
あやかも苦しくても、一人暮しを続ける為に頑張っているのだ。
絶対、自分の力で生きてる方が、楽しいものね!
行方不明中のかずまもきっとそうだと信じたい。
みんな頑張れ!自立に向かって行けえ!
コメント[3]
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