こころの癒しブログ
ヒプノセラピストをやっているバツイチ母さんの日常。前世や霊、子育てや猫、なんでも書いてます。
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プロフィール
HN:
橋村 秀実
年齢:
56
HP:
心の癒し
性別:
女性
誕生日:
1969/07/25
職業:
ヒプノセラピスト
趣味:
猫を愛でる、アニメ鑑賞
自己紹介:
バツイチ母さんです。子供は三人。ネコは三匹。最近、彼氏のアパートで同棲中。
長男→かずま(21才)二年前 小説家を志し、東京に行く。ただ今、絶賛行方不明中!
長女→あやか(19才)今年一月末まで、チャネラーとして母を補佐。今はただの普通の女の子に戻りました!只今、自宅にて 一人暮らし。就職して、営業しています!
次男→すぐる(17才)只今 生意気盛りな高校ニ年生。昼はバイト、夜は夜間定時の高校と、頑張り中!三月より、父親と同居中。
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2007
04,23
21:33
買い物
CATEGORY[前夫]
今日は一人で買い物に行った。
ジャスコの中にある、雑貨屋さんが目当てで行ったのだ。
お香を買おうと思ったんだけど・・・。勿論、お香も買ったけど。
私は置かれていたスカートに一目惚れして、ついつい衝動買いをしてしまった。
衝動買いなんて、ものすごーく久しぶりだ!
でもそのくらい可愛い(私から見れば・・・ね)スカートだったのだ。
で、買うだけ買って、30分で出て来た。
私の買い物は早い。基本的に買い物が好きじゃないからだ。
それに引き換え、前夫は買い物だ~いすき!だった。
「今日は帰りが遅いなあ・・・」と思えば、前夫は大量の服を買い込み
「今日、○○で閉店セールやっててさあ。安いから買って来た!」
と、意気揚々私に戦利品を見せたものだった。
ちなみにそこは、毎日年がら年中閉店セールをやっていたんだけどね。
それに当時前夫は工場勤めで、スーツなんて着る機会は滅多に無いのに
「これ一着三千円だったから・・・」と言って、スーツを3着も4着も買って来たのだ。
「馬鹿じゃないの・・・あんた・・・」
私は呆れたものだった。案の定、その後スーツはタンスの肥やしになった。
それだけでなくウィンドウショッピングも大好きで、休みの度に「出掛けよう」だの「買い物行こう」だの、うるさかった。
前夫は工場に居たから「休みの日くらい、外に出たい」という気持ちは分かる。
でも営業の私は「休みの日くらい、ゆっくりさせろ」っていう感じ。
でも「夫婦で過ごさないと・・・」という思いから、3人の子供を連れて付き合ったのだ。
でも長い・・・!前夫の買い物は長いのだ。とにかく2時間でも3時間でも平気だ。
しかし。私も子供達も飽きている。
なので私と子供達は車の中で待っており「いいから一人で行って来い」と言う事になる。
前夫は「一緒に行こうよ~」と言うが、前夫の買い物の長さを知ってる私達はもう、うんざり。
こうして私は車で待ち「いいから行って来な」と言って、半日前夫を放し飼いにしていた。
多分・・・普通の夫婦と反対だよね。
それから、私が前夫の買い物に付き合わなくなった理由が「長い」だけでなく、見境なく「値切る」行為が恥ずかしかったから、というのもある。
「『もう来ないでください』って言われちゃったよ~」
と嬉しそうに言う。馬鹿だよ。ホント!
今、自分が営業側に回って、過去の自分がいかに無茶な要求をしていたか、分かっただろう。
でもこの男、「だって、あれはさあ・・・」と、自分の過ちは認めないのだろうけど。
値切る事で買い物の駆け引きを楽しむのも良いけど、前夫は明らかにその範疇を超えていた。
あれでは値切りじゃなくて、「まけろよ」という脅しだ。
勿論、それについても私は謝り通しだったのだ。ああ、恥ずかしかった。
今の私は子供も大きくなったし、一人で気ままに出歩く事も出来る。
自由って素晴らしい・・・って思う。
何より恥ずかしい思いをすることなく、買い物出来るのは嬉しいね。
ちなみに、前夫の値切り癖は今も健在だ。
すぐるが「恥ずかしい!二度と一緒に行くもんか!」って怒ってたよ。
「厚顔無恥」とは、あいつの事だろう。
人はなかなか変わらないのだ。
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2007
04,21
22:40
お汁粉
CATEGORY[親]
すぐるが急に「お汁粉が飲みたくなった。」と言い出した。
でも私は作りたくない。
すぐるはそれも分かっている。
すぐるは誰よりも私が面倒臭がりだって事を知ってるから。
「じゃあ、ばあばに作らせよう」
そう言って先日の夜、母に電話を入れていた。
「ばあばの作ったお汁粉、飲みたくなっちゃった~!」
わざとらしいぞ、すぐる・・・。
でも、それをまんざらでもない顔をして聞いてるんだろうな、母は。
それで「土曜日なら作ってやるよ。」
という事になって、今日すぐるは実家に行ってたのだ。
実はすぐるはお汁粉に使う小豆をばあさんに買わせようと企んでいたのだが
「あんた、買って来なよ。作ってやるんだから。」
と言われ
「ちっ、当てが外れたか。孫に小豆ぐらい買ってくれたっていいじゃん!」
と毒を吐いていた。私は笑って聞いていたが。
帰ってきたすぐるは、ぶりぶり文句を言っていた。
「結局、小豆買って行ったんだけど、オレが行った時にはもう作ってあってさあ・・・。だったら勿体つけずに最初から買ってくれればいいのに!」
私は笑って聞いていた。でもそれが私の母だもん。しょうがないじゃん。
私の母は、とにかく恩着せがましい。何をするにも。
そして何をするのも、出し惜しみをする。セコイのだ。
「お母さん、これ、ばあばがお母さんにあげる、ってさ。」
そう言ってすぐるは「葬式パン」を出した。いらねえええ~・・・。
「『ホントは私が食べたかったけど、まあ・・・あんたのお母さんにやるよ』ってさ。物凄く恩着せがましく、くれたよ。」
すぐるは笑って私にパンを差し出す。
「いらん。お前が食べろ。」
「オレだって、いらねえ~。」
二人の間を葬式パンが行ったり来たり。
この葬式パンだって、母は3つも貰ってるはずだ。
何が「ホントは食べたかった」だ!しかも自分の歯が痛くて食べれないだけなのに。
でもそんな事、私が知らないと思って、物凄く有り難味を持たせるのだ。
5年前、同居していた実家を出て、この家に引っ越して来た2,3日後。
用事があって実家に行った。
そうしたら母が何やら「あんたにあげる。」と言って、軍手を2組といらない文房具をくれた。
「うちはもう使わんで、あんたにやるよ。」
と、まるで「良い物くれてやった!」と言わんばかりに、意気揚々とその軍手を持って来たのだ。
引越しなんてもう終わってるのに・・・。今更軍手なんて・・・。
内心「いらねえええ~!!!」って思ったけど、口に出したら
「何よ!折角あんたの為を思ってあげたのに!」
と、すごい剣幕で怒り、数年はイジケまくり、目に見えて厄介な事が起きそうなので、勿論黙っていた。
私が黙ってる事で平和がもたらされるのならば、私は黙っている。
私は無表情で「ありがとう」と言って、受け取った。
私はうちに帰って子供達に見せた。
「ばあばがこんなもん、くれたよ。」
そう言うと子供たちが笑う。
「きっと、ばあばは物凄くサービスした!って思ってるよ!」
子供達も分かってるのだ。
母は人に与える、という事を知らない。
散々甘やかされ、与えられ、それが当たり前に身に付いているからだ。
だから逆の立場に立った時、それは母にとって「物凄く偉い事」だと錯覚するのだ。
そんな母が子育てすれば、当然「育ててやった」だろうし、だから「お返ししてもらわないと」と思う。
だから私に「ねえ~・・・私の面倒見てよ~」とねだりまくるのだ。
私は聞き流してるけどね。
てか、今十分面倒見てるじゃん!それで満足しろよ!って感じ!
しかも母にとって娘など、所詮自分の所有物だ。
だから過去にどんな酷い事をしようと、「育ててやった」事で清算出来る、と思い込んでるのだ。
そんな自分がチャチな物でもあげれば「この子は喜ぶ」とでも思ってるんだから!
全く!私も見くびられたモンである。最も私は物なんか、いらないんだけどさ。
ちなみに母の喜ぶ基準は「物をくれたかどうか」である。
「あの人は良い人だ。このまえアサリくれた」
と喜んでいるのだから。幸せなのだ。
「鈍い」というのは、ある意味幸せだ。
周りを傷つけるけどね。
そしてある意味、楽だ。物を与えておけば、単純に喜ぶからだ。
母が私に物をくれる動機は、「あげたい」「喜んで欲しい」からではなく「恩を売る」事にある。
うちの子供達は、母のそういう所を利用する。
母は私に恩を売っておきたいのだから、「お汁粉作って」という事で「恩を売りたい」欲求を満たさせるのだ。
そういう意味でも、母は利用されてるだけで、誰からも愛されていない。
それは母が私達を利用しているから、それが自分に返って来ているのだ。
「動機」は大切だ。自分から発したものは、自分に返って来る。
みなさんも気をつけましょう!(笑)
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TB[]
2007
04,20
21:41
セールス
CATEGORY[過去]
かずまからメールがあった。
「最近、料理のレパートリーが増えたよ!」
だってさ。頑張ってるんだねえ・・・って感じ。
「何の仕事をしてるの?」
と聞くと、光回線の電話営業だそうだ。
行く前は「やりたくない・・・」と言ってたが、いざ行ってみると
「みんないい人ばっかり!」でよかったね。ただ今研修中らしい。
きっと電話の応対がうまくなるね。
私は化粧品のセールスを8年間やっていた。
主に一般家庭を回る「訪問販売」てやつだ。
これが本当に良い勉強になった。
家によって本当に違う。
考え方、家族のあり方、子育ての仕方、家の臭い、散らかり方、片付け方、玄関での対応の仕方・・・。
でも私につくお客さんはホント!みんな面白い人ばっかりだった。
よく「類は友を呼ぶ」と言うが、本当だ。
先輩セールス、同僚、後輩、人それぞれだが、やはりそれぞれにつくお客さんには「カラー」というのがある。
O先輩には「主婦」、K先輩には「お金持ちの奥様」、Sさんという同僚には「インテリ」・・・という具合に。
お客様は、その人自身を表しているのだ。
気が合わないとお客様にもならないもの。
私のお客さんの事は、当時の事務員さんから
「あんたのお客さん、って感じだね」
と、よく言われた。ちょっと馬鹿にした感じだったけどね。
まあ、それも分かるような気もするが。
私のお客さんは元ヤンキーとか水商売の人とか、バツ一とか日系ブラジル人とか・・・とにかくバラエティーに富んでいた。
それから私と同じく早婚でヤンママが多かった。
私も21,2歳だったが向こうも同年代なのだ。
だから話をしてても面白かった。
「私、昔横浜でボーソー(暴走族)やってて、子供抱えてハコノリしてたよ!」
もう大爆笑だった。ハコノリとは車の窓を前回に開け、そこに身を乗り出して座る事だ。
それから一見普通の主婦に見えても、物凄く個性的だったり訳ありだったりね。
元暴走族というだけでも、NさんKさんYさんEさん・・・とすぐ思い出す。
みな結婚しており、子供がいた。
もう10年以上会ってないが、どうしてるだろう。
あの子達も大きくなってるだろうね。
昔やんちゃをして悪かった人は、落ち着くのも早い。
どん底も味わっているので、懐が深く情に篤い人が多かった。
だから人間として信用できる人が多かった。
何より「キレイ事」を言わず、本音で語るので、それが私には気に入ったのだ。
すぐ相手を褒めたりおだてたりする人は、自分の事も言って欲しくて言ってる人が多いのだ。
そんな上っ面の会話なぞ、私は興味はない。
浜松と言う土地柄か、日系ブラジル人のお客さんも多かった。
でも普通のセールスは相手にしない。ローンが通らないからだ。
私は高額で取引はせず、現金でそれも人によっては身振り手振り片言の日本語で商売した。
ブラジルの人たちは、
「どうやって化粧品を使えば良いか分からなかったから助かったわ。」
と言ってくれ、私も嬉しかったのだ。
そして彼女達は強力なネットワークを持っているので、紹介もたくさんあり、一人一人は決して高額ではなかったけれど、私の売り上げに貢献してくれたのだ。
当時の事務員さんは非常に堅物で、学歴や職歴で人を判断するような人だった。
だから私のお客さんを馬鹿にしても不思議ではなかった。
この人には分かるまい。私のお客様の素晴らしさを!率直に語り合う素晴らしさを!
私はたくさんの人達に囲まれて、育てていただいた。
辛い事も傷つく事もたくさんあったが、この時代、辛抱しなかったら今の私は無かっただろう。
私は今まで出会った全ての人に感謝している。
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2007
04,19
21:53
S先生
CATEGORY[子供]
すぐるは今、ボランティア部の部長をしている。
昨年自ら立候補し、念願の部長になったのだ。
それはいいんだけど、昨年から顧問の先生が変わり、これがすぐるにとって悩みの種のようだ。
今日もすぐるはこの先生について、愚痴っていた。
顧問のS先生は50代の女性だ。
どうやらS先生、教職に就いてる動機からして不純の様だ。
昨年度、部活内で「3年生を送る会」を開き、すぐるは部長として時間通り会を進行させようと、
「先生、ちょっと急ぎましょう」
と言ったら・・・。先生から
「ちょっと!私は先生なんだから指図しないでよ!私は3年生より偉いんだから!」
と凄い剣幕でほざいたらしい。
勿論すぐるは威張って言ったのではなく、ごくごく普通に言っただけなんだけどね。
それを聞いてすぐるは「はあ?何勘違いしてんだ?このババア!」と思ったらしいが。
でもそれを決して口に出さず、態度にも表さないのがすぐるだ。
しかし、他の部員の子達は明らかに反抗しているようで、とにかく衝突が絶えないらしい。
「お前も大変だね」
と言うと
「ううん、別に。見ていて楽しいよ。オレ笑って見てるし。先生、馬鹿すぎ。」
とかなりクールだ。
「あんな馬鹿に反抗したって仕方ないのに。みんな適当に受け流せばいいのにね。」
すぐるはこういう所が上手いと思う。だから世渡り上手だ。
ただこの先生の困った所は、「教職」=「偉い」=「権力」と錯覚しているようで、だから何かにつけ
「私の権限でこんな部活、握りつぶせるのよ!」
と脅しを掛けるのだそうだ。きっと反抗的な生徒への脅しのつもりなのだろう。
すぐるは真に受けて聞いてないけどね。
でもそんな言葉で、生徒が従うはずもなく、この哀れな先生は何とか自分の権限を示そう、生徒を従わせようと必死なのだ。
「だからオレ達、先生がまた『権力』でも持ち出して来たら、テープに録って、校長の所に持って行こうかなあ・・・って話し合ってるんだよね。しかも!あんなお馬鹿さんのお陰で、みんなまとまるんだよねえ。オレはそういう意味では、助かってるし!」
すぐるはタフだなあ。先生には悪いけど、私は涙を流して大笑いして聞いていたのだ。
しかも、すぐるの恐ろしい所は、そんなS先生にまでちゃっかり可愛がられている所だ。
そしてS先生をよく分かってる周りの先生からは
「すぐる、大変だな」
と労いの言葉までいただいているのだ。
「使えるものは何でも使わないと!」だってさ。
すぐるも、「何故この先生を引き寄せたか」分かってる。
世の中に出て行く為の練習だ。
「何処に行っても、ああいう人ってきっと居るよねえ」
そうですとも!だから自分が柔軟に対処出来ないとね。
しかもこのS先生、ネタの宝庫だ。
一番笑えたのは、「マラカス」を「マスカラ」と何度も言い間違えたそうだ。
「あのババア、とうとうボケちゃってさあ、マスカラだってよ。」
私はこれだけで3時間は笑えた。
S先生のお陰でうちの中がますます明るくなったよ。ありがとう!
6月初旬には毎年恒例の「部活参観」があるから、今年は行って顔でも拝んで来るかな。
そんで、褒めちぎって帰って来よう。
きっと先生、気を良くするね。すぐるの株も上がるってモンだ。はっはっは~!!!
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2007
04,18
21:30
おマツ
CATEGORY[家庭内セッション]
今日は久しぶりに私の前世の事を書こう。
これは3年ほど前に思い出したものだ。
めずらしく女の前世である。
時代は江戸時代が終わり、明治にうつろうとしていた頃だ。
私は「うどんや」の娘、18才だ。大事に育てられたこの家の長女である。
両親は、今世の前夫の両親、舅と姑だ。舅がお父さん、姑がお母さんだ。
私はこの前世の影響で、今世は嫁として、二人に会いに行ったのだ。
私は娘として愛され、そして期待されていたのも感じる。
下に妹(あやか)と弟(すぐる)が居たと思う。
うどんやを営む両親は使用人も何人か使っていただろう。
その中に長く勤め、私のじいやとしても世話を焼いてくれた人が居た。
それが今世の祖父である。
私は幼い頃、この前世を夢で見ていた。
私は祖父が引く人力車に乗り、習い事に出掛けているのだ。
夢の中で祖父は私を「お嬢」と呼んでいたのが不思議だったので、覚えていたのだ。
雑踏を人力車の中から見ると、様々な格好をした人達があふれ、(帽子に下駄とか・・・)興味深く見入っていたのも印象的だった。
夢で見たのはそんな一場面だ。
催眠で見るとじいやだった祖父が、どんなに私を可愛がってくれていたか、良く分かる。
私は薪を割るじいやを見るのが好きで、着物を着て、縁側にちょこんと座って居るイメージが鮮明に描ける。
きっと私も祖父に会いたかったんだろうね。
私は寺子屋にも通い、お茶やお花、お琴にも精を出していた。
そんな中で育んだ友情もあり、仲良し3人組を作っていた事もわかる。
3人のうち、一人は私(名前、マツ)、一人は今世親友H子ちゃん(コマ)、もう一人はまだ会っていない私のソウルフレンド(ミチ)だ。
このまだ見ぬソウルフレンドを私達は「みっちゃん」と呼んでいるが、この人はこれから私が産む子供か養子としてくる予定だ。
だから会うのが楽しみなのだ。
しかし、突然18年間の私の人生にピリオドが打たれる。
私を妬む女学生が私を刺したのだ。
この犯人、なんと前夫である。
この時は犯人が分からずじまいに終わっている。
こうして私の両親は深い悲しみを味わい、じいやもその後すぐに亡くなっている。
一方、私の死はある意味リタイヤでもあった。
それは想いを寄せる人がいた(私のソウルメイト、この時大工)が、彼は「自分がお嬢さんと釣り合わないのではないか・・・」と思い、私は私でぬるま湯のような生活から飛び出す勇気もなく、愛してくれた両親の意に背いてはいけないと思い込み、自分の人生をあきらめていたからだった。
そして表面上、幸せを壊したのは前世でも前夫だった、というのがミソなんだな。
それによって、私もこの両親も傷つく、というのがやりたかったのだ。
ちなみに殺された18才という年齢は、私が今世前夫と結婚した年で、私は「自分の人生が終わった」と思った時期でもあったのだ。
繰り返されてますな~。はっはっは~。
じいやだった祖父はきっと私の花嫁姿を見たかっただろう。
それは今世も果たされなかったが。(祖父は私が6歳の時に他界)
前世のじいやと私が死んだのは、明治の初期の頃だ。まだ一桁の頃ね。
祖父が生まれたのは明治44年だから、生まれ変わるのには十分な年月なのだ。
私はその後イギリスで生まれているが、私はすぐに生まれ変わっている。
祖父は私を可愛がってくれた、という一面と、アル中で私達幼い姉妹に深い傷を与え、そして母である娘を甘やかす、という負の面がある。
むしろ私には、傷のほうが重要だったのだ。
それは私が自分自身に「自立」を掲げていたからだ。
以前、あやかを通して祖父に聞いた事がある。
「どうして、せめて後一年、長生きしてくれなかったの?凄く寂しかったのに」
そう聞いたら
「後一年長く生きてたら、お前は今みたいに強くならなかった。孤独が緩和されてしまい、今ほど人の気持ちが理解出来なかっただろう。全てお前に頼まれた。」
と言っていた。私はありがたくて、涙が止まらなかった。
私は前世で恵まれすぎていて、それ故好きな人の所にも飛び出す勇気が持てなかった。
その反省の意味も込めて、今世は「厳しくして!」と周りに頼んだのだ。
そしてたくさんのカルマを返す事も含めて、前世では早くリタイヤした。
なんて上手く出来ているんだろう!
私のどの人生も一つも無駄は無いのだ、と思う。
勿論、同様にみなさんもそうなのだ。
ただ意味が分かってるか、どうか、の違いに過ぎないのだ。
本当にどんな方の人生も前世も、必要な事ばかりなのだ、と思い知る。
魂の流れとは、本当に素晴らしいのだ!
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