2024 11,24 08:31 |
|
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
|
2007 03,03 22:12 |
|
今日は3月3日、ひな祭りですね。
自分に娘がいる割には、何の感慨もないが。 あやかの為に買ってもらった雛人形もあるにはあるが、もう何年も実家に置きっぱなしだ。 毎年、実家で母が飾ってくれるのでありがたい。 母は律儀に桃の花まで買って供えていた。 しかしナンだな。私は行事ごとに疎い。 というか無感動に近い。 だからか・・・うちの子供達もそんな感じ。 「ひな祭り?ああ・・・そう」 という感じ。 きっと大昔はこんな行事でもなければ、ご馳走を食べたり、晴れ着を着たり、休んだり出来なかったんだろうね。 でも今は違う。毎日好きな物を食べれるし、いつだってお洒落出来るし・・・。 毎日が祭りみたいだもんなあ。 ある意味、人間はどんな人も平等だ。それは今も昔も。 たくさんの人の過去性を見るとやはり、苦しく貧しい農民だったりする人が多い。 自分の悲惨な前世もそうだが、ある意味「豊か」なのだ。 それは「経験」という「豊かさ」だ。 「苦しい」とか「悲しい」とか、現代の日本人では味わえないものを経験している。 それだけに今の私達の何倍もの「生きてる実感」があるのだ。 そんな中で「節句を祝う」というのは、私達には想像もつかないほどの喜びだったろう。 知ってましたか? わずか100年ちょっと前の日本人の平均寿命が15歳程度だった事を。 それだけ子供が成人するのは非常にありがたい時代だったのだ。 それで「端午の節句」や「七五三」というのがあるのだ。 それの比べて現代の幸せな事。幸せすぎる。 それ故、私達がどんなに幸せか、見えなくなっているのだ。 むしろ苦労の体験が少なさ過ぎて、失敗を恐れ、踏み出せない、生きてる実感が無い・・・と言う方達の多い事。 結果、安易に自殺したり、リストカットしたり、殺人に走ったりするのだ。 やはり、エネルギーというのは平等なのである。 でもやっぱ子供がいてよかったなあ・・・と思うのだ。 自分が生きてる実感も湧くが、喜びも楽しみも何でも貰ったからだ。 とにかく「経験」を積ませて貰ったのは確かだ。 特にかずまくん!・・・ありがとよ~・・・ PR |
|
コメント |
コメント投稿 |
|
trackback |
トラックバックURL |
忍者ブログ [PR] |