2024 11,24 10:42 |
|
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
|
2007 03,29 23:36 |
|
夕方、すぐるに電話があった。プラモ屋さんのご主人からだった。
このお宅で飼っていた「レオナルド・ディカプリオ」という8ヶ月のオスネコが近くの国道で撥ねられて死んだらしい。 でも写真がない事に気付き 「そうだ、すぐるならこの前撮ったのがあるんじゃないか」 と思いついたらしく、それで電話が来たのだった。 それですぐるが急いでプリントアウトをして、先程私も一緒に行って、届けに行ったのだ。 きっとこの写真を使って、明日お葬式をするのだろう。 このレオちゃんを一番可愛がっていたおばあちゃんがどんなにがっかりしているだろうか。 それが気になる。 お店に行くとご夫婦とも泣いていたのか、目を真っ赤にしていた。 「レオの亡骸を見てあげてくれ」 と言うので、お店の奥にある家の居間を覗く。 居間の入り口には大きなダンボールが置かれており、目を開けたまま横たわるレオが寝かされていた。 タオルも掛けてあり、キャットフードやおもちゃが入っていた。 明日このまま火葬場へ持って行くそうだ。 亡骸はとてもきれいで傷一つない。 即死だったのか、目も開いたままだそうだ。 ご主人は交通事故でネコを亡くしたのは3回目だそうだ。 可愛い盛りで「そろそろ去勢を・・・」と思っていた矢先の出来事だったのだ。 昨夜、初めて家出をして「おかしいな」と思っていたらしいが。 今日の昼過ぎになって、顔見知りの人が 「お宅のネコとよく似たネコが倒れているよ」 と言われ、見に行ったらレオだったのだ。 私は冷たく固くなってるレオちゃんを撫でて 「良い所に行ってね」 と言っておいた。でも胸が締め付けられるような気持ちで涙が出てくる。 でも飼っていた人達はもっと辛いのだ。 だからあえてご主人に 「辛いかも知れませんが、でも負けずに一緒に野良猫の保護をしましょう」 と言った。でもすっかり気落ちしているご主人は 「いやあ、オレはもうガックリしちゃってさあ・・・。うちなんかが飼っててよかったのか、て思うよ」 と弱気になってる。 その気持ちも分かる。いろんな後悔がよぎるもの。 もっとこうすれば良かったんじゃないか、とかね。 いろんな可能性がよぎるから、辛くなるのだ。 本当はこういう時に催眠が有効なんだけどね。 でも私達は自分の仕事をまだ言ってないし、言うべきではないと判断しているので、黙ってる。 でも催眠に入れてあげたら随分楽になるのになあ・・・と思う。 むやみに自分を責めて欲しくないものね。 可哀想におばあちゃんはショックで寝込んでしまったようだ。気の毒に・・・。 子猫の時からご飯をあげて世話をして大きくしたのはおばあちゃんなのだ。 どのくらい悲しんでいるのか、想像がつく。 写真を持って行ったら喜んでくれたのでよかった。 しばらく世間話をして結局またすぐるはプラモを買い、一時間半程居て、帰って来たのだ。 すぐると帰りの車中で、チョロを亡くした時の悲しみを思い出して、話していた。 「オレはあんなに癒したけど、でもさあ・・・今でもチョロの最後を想うとすごい泣けるんだ」 「お母さんもだよ。ここに座ってたんだよなあ・・・って思うだけでも寂しいね」 「そうそう、もういないんだって思うとホントに悲しくて泣けちゃう・・・」 「だからきっと今頃あのおじさん達もまた泣いてるね」 そんな話をしていた。 レオちゃんは何故死ななければいけなかったんだろう。 私が思うにこれは家の人への警告ではなく、お店に遊びに来ていた小学生達の為ではないか、と思っているのだ。 可愛がっていたものがあっけなく死んでしまう。 一見残酷だがでも現実は厳しいのだ。 おじさんも子供達に 「今日レオが死んだんだよ」 と言ってお別れをさせたようだ。私はご主人の判断は正しいと思ってる。 隠してはダメだ。現実を受け止めれない人になってしまうからだ。 私達だっていつかお別れする時が来るのだ。 でもこういう現実を知らない人ほど、命の重みを知らず、時の流れを実感せず、自分の老後は御伽噺としてしか捉えれない人になってしまう。 「死」を通して限りある命をどう生きるのか、私達は一人一人考えなければならないのだ。 それを後回しにしてる人には、必ず自分自身にツケが来る。 ペットという家族は本当にいろんな事を教えてくれるのだ。 PR |
|
コメント |
コメント投稿 |
|
trackback |
トラックバックURL |
忍者ブログ [PR] |