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2006 10,01 21:53 |
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夕方、あやかと買い物をした。
スーパーや薬局、電気屋など入っている複合ショッピングセンターにいた。 二人でスカートを見ていたら、何だか見た事ある人が・・・。 それは同級生の女性だった。 「おーい、誰かと思った~!」 彼女は気さくに声を掛けてきた。 彼女、M子は中学2年生の時よく隣になり、仲良くしてくれた子だ。 当時から変わらず明るく気さくな感じだ。 M子はどこにでもいるような、トイレへみんなで行きたがり、勉強が嫌いでオシャレとアイドルが大好きな子だった。 もちろん当時流行った「聖子ちゃんカット」をしており、いつもドライヤーでブローをしてきた。 制服は、上の丈を詰め、スカートはこれも勿論引きずるような長いものだった。 一方、私はめがねを掛けており、いつもブスッとしたような表情をしていた。 制服は買った時のそのままで着ていた。 髪はいつもショートカットで、剛毛の私はよく寝癖をつけて学校に行っていた。 はっきり言って「地味」な子である。 休み時間の度に本を読んでいて、たまにこのM子に 「ねえ、トイレ行こう」 と誘われると「私はいい」と言って断っていた。 何故みんな自分一人でオシッコが出来ないんだ?そんな感じである。 まあ、しかしそういう所は今でも変わらないかな。 いまだに私は団体行動が嫌いだ。 当時、私は変わらず嫌われ者で、特に男子は私をからかった。 外見が地味で不細工だと言うことが非常にからかい易かったのだろう。 女子の中にはそれに便乗してる子もいたが、M子はそんな私でも気にせず 話しかけてきた。 M子は可愛い顔をしていたが、勉強が出来ず、ちょっとトロイ所があって、そんな所が馬鹿にされていた。 しかし私にはない素直さや正直な所、優しい所があった。 ただ深く考えるタイプではないので、M子の浅はかな提案に乗るたび、私は大恥を何度か掻かされた。 人柄が非常にいい子だったが、いつしか私が避けるようになった。 私は一緒に人生や文学について語る相手が欲しかったのだ。 M子はいい子だが、好きな男の子の事やアイドルの話ばかりで退屈だったのである。 とにかく話題が合わない。 私は心から分かり合える友達が欲しいといつも思っていた。 そんなM子も今では2児の母である。 すっかりと落ち着いている。 小学生の息子を連れていた。 スカートを手にしたあやかを見て 「娘さん?大きくなったんだね」 と驚いていた。 私が同級生のなかで一番か二番目に早く結婚しただろう。 このM子とは一年に一回の割合で偶然会っていた。 その度お互いの近況報告をする。 最近旦那さんを亡くした同級生もいた。とりあえずそんな話題。 「お互い何があるか分からないから、気を付けないとね」 そんな世間話をする。しかし、5分も持たない。 私は噂話や世間話という類は好きじゃないからだ。 「それじゃあ・・・」 という感じで別れた。 あやかが「あのおばさん、誰?」と言うので「同級生だよ」と答える。 「ええ~?老けてるね」 その言葉に私の方がビックリする。 私には昔と変わらない可愛い顔をしたM子にしか見えなかったからだ。 私にはスタイルの良い小奇麗にしているように見えたM子でも、あやかから見れば垢抜けない人に見えるんだなあ。 同級生の人生も様々だ。 彼女のように結婚して穏やかで幸せな家庭を築いている人、旦那さんと死別した人、私のように離婚した人、親の家業を継いだ人、すでに亡くなっている人、独身の人・・・・。 本当に色々な人生があり、人の数だけ人生があるんだな、と思う。 彼女は昔と変わらず素直で明るく気さくだ。 そして良いお母さんだと言うのも子供を見れば分かる。 彼女同様、素直で明るくのびのびしているからだ。 こういうおっとりとしたタイプは、非常に良い母親になるのだ。 それにしても昔の私って人付き合いが下手だったなあ・・・と思う。 彼女のように手を差し伸べてくれてた人もいたのだ。 しかし妥協が出来ず、友達にかなりレベルの高いものを求めすぎていた。 今なら分かるけどね。 中学生に人生を考える奴なんてそうそういない。 かといって後悔もしてないが。 あの時、「分かり合える人が欲しい!」と心から欲したからこそ、今お客様との出会いを喜べるからだ。 そしてかつての私と同じ悩みや心配事を抱える方の気持ちが良く分かるのだ。 やはり、どれもこれも素晴らしい経験だったと思う。 そう思える人生で良かった!・・・そう思うのだ。 PR |
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